REnexis (再エネクサス)

グリーン水素製造におけるPPAモデルの評価:収益性、リスク、契約構造

Tags: グリーン水素, PPA, 再生可能エネルギー投資, エネルギー金融, プロジェクトファイナンス

グリーン水素は、再生可能エネルギー由来の電力を用いて水を電気分解することで製造され、脱炭素社会実現の鍵を握る技術として注目を集めています。特に、製造コストの大部分を占める電力供給をいかに安定させ、経済的に確保するかがプロジェクトの成否を分けます。この課題に対し、再生可能エネルギープロジェクトで広く採用されている電力購入契約(Power Purchase Agreement、以下PPA)モデルの適用が検討されています。本稿では、グリーン水素製造におけるPPAモデルの可能性、収益性評価のポイント、主要なリスク、および契約構造の検討事項について解説します。

グリーン水素製造におけるPPAモデルの重要性

グリーン水素製造プロセスにおいて、電力コストは全体の運用コストの約70%に達するとも言われ、その価格と安定供給が水素の製造コスト(Levelized Cost of Hydrogen: LCOH)に直接的な影響を与えます。変動性の高い電力市場価格に晒されることは、LCOHの予見性を著しく低下させ、プロジェクトの投資判断を難しくします。

PPAは、特定の発電所から長期間、特定の価格で電力を購入する契約であり、再生可能エネルギープロジェクトにおいては、長期安定的な収益基盤を確立し、プロジェクトファイナンスを組成する上で不可欠な役割を果たしてきました。グリーン水素製造プロジェクトにおいても、長期の固定価格または予測可能な価格で再生可能エネルギー電力を確保することで、LCOHの安定化、資金調達の円滑化、およびプロジェクト全体の予見性向上に貢献することが期待されます。

PPAには物理的な電力供給を伴う「物理PPA」と、電力系統を介さずに金融的な決済のみを行う「バーチャルPPA(VPPA)」などがありますが、グリーン水素製造においては、電力供給サイトと製造プラントの立地によって、いずれの形態も適用され得ます。特に、製造プラントと再生可能エネルギー発電所が近接している場合は物理PPAが適しており、遠隔地にある場合はVPPAが利用されるケースが考えられます。

収益性評価におけるPPAの影響

グリーン水素製造プロジェクトの収益性は、主に水素の販売価格と製造コスト(LCOH)の差によって決まります。PPAによる電力コストの固定化または安定化は、LCOHの予見性を高める最も重要な要素の一つです。

LCOHは、初期投資、運用維持費、燃料費(この場合は電力費)、その他費用などを合計し、プロジェクト期間中に生産される総水素量で割ったものです。PPAにより電力費が固定または予測可能になることで、LCOHの計算精度が向上し、プロジェクトの採算性評価がより信頼性の高いものとなります。

長期PPAは、将来の電力価格変動リスクに対するヘッジとしても機能します。電力市場価格が上昇した場合、PPA契約者は契約価格で電力を調達できるため、製造コストの上昇を抑制できます。逆に、電力市場価格が低下した場合は、PPA契約価格が市場価格を上回るリスクも存在しますが、これは契約期間や価格設定メカニズム(例:固定価格、固定価格+インデックス連動)によってリスクレベルが異なります。

投資家にとって、PPAが提供する長期安定的なキャッシュフローの見通しは、プロジェクトのリスクプロファイルを改善し、より有利な条件での資金調達を可能にする要素となります。特に、グリーン水素市場が黎明期にある現状では、販売価格の予見性が低い場合でも、PPAによる安定した入力コストはプロジェクト組成上の大きな強みとなります。

グリーン水素製造プロジェクトにおける主要リスクとPPAの関連

PPAは電力価格リスクを軽減する一方で、グリーン水素製造プロジェクトにはPPA以外にも複数のリスクが存在します。

  1. 需要リスク: グリーン水素の販売先、価格、契約量に関するリスク。長期的な需要契約(オフテイク契約)がない場合、水素価格の変動や販売量の確保が課題となります。PPAによる安定したLCOHは、競争力のある水素価格設定を支援しますが、需要側のリスクを直接的に解消するものではありません。
  2. 供給リスク:
    • 再生可能エネルギー変動リスク: 太陽光や風力発電のように出力が変動する電源とPPAを締結した場合、水素製造プラントへの安定的な電力供給が課題となります。蓄電池との併設や、変動量を吸収するための運用戦略、あるいはフレキシブルな電解槽の導入などが検討されます。PPA契約においては、出力変動に伴う契約電力量の不確実性に関する条項(テイク・オア・ペイ条項など)が重要な検討事項となります。
    • プラント稼働リスク: 電解槽などの主要設備に関する技術的信頼性や運用効率に関するリスク。PPAで電力を確保しても、プラントが稼働しなければ収益には繋がりません。
  3. 契約リスク:
    • PPA契約不履行リスク: 電力供給者(再エネ発電事業者)または電力購入者(水素製造事業者)の契約不履行リスク。相手方の信用力評価が重要です。
    • オフテイク契約不履行リスク: 水素購入者の契約不履行リスク。
  4. 規制・政策リスク: グリーン水素に関する補助金制度、排出量取引制度、認証制度などの変更リスク。PPAの経済性評価にも影響を与える可能性があります。

PPAは電力供給リスクの一部(価格リスク)を管理する有効な手段ですが、プロジェクト全体の包括的なリスクマネジメント計画の一部として位置づける必要があります。

PPA契約構造の検討ポイント

グリーン水素製造プロジェクト向けのPPAを設計する際には、いくつかの重要な検討ポイントがあります。

結論と投資判断への示唆

グリーン水素製造プロジェクトにおけるPPAモデルの採用は、電力コストの予見性を高め、LCOHを安定化させる上で極めて有効な手段です。これにより、プロジェクトの資金調達が円滑化され、投資リスクの軽減に寄与します。

しかしながら、PPAは電力供給に関するリスクの一部を管理するものであり、需要リスク、再エネ変動による供給量リスク、プラント稼働リスク、政策リスクなど、プロジェクト全体の多様なリスクを完全に解消するものではありません。

再生可能エネルギー投資家は、グリーン水素プロジェクトへの投資を検討する際、単にPPAの有無だけでなく、以下の点を深く評価する必要があります。

グリーン水素市場は発展途上にあり、技術的、市場的、政策的な不確実性が存在します。PPAは重要なリスク管理ツールですが、これらの不確実性を踏まえた上で、プロジェクト全体のデューデリジェンスを徹底し、リスクとリターンのバランスを慎重に評価することが、専門家による適切な投資判断に不可欠となります。今後、グリーン水素市場が拡大するにつれて、より多様で洗練されたPPAモデルやリスクヘッジ手法が登場することが予想されます。これらの動向を継続的に注視していくことが重要です。